日本の話じゃないんだけど.....
アメリカで暮らすある女性の涙の動画を見て私まで感動した話を書きます。
彼女は「私はクソみたいな人間です」と号泣しながら怒ってた(彼女自身に対して)
理由はね、
アパートの上の階の人についての話。
「あ〜もう!!毎日毎日、家の中でボーリングでもしてるのですか!?!?!」と騒音について怒りを持っていたそうです。
我慢していたけどとうとう耐えきれず音を録画と録音してそれを持ち
文句を言いに行きました。
するとその家から出てきた女性は車椅子で手が小刻みに震えていたという。
そして、その車椅子の女性から先に言葉はありました。
「初めまして。私の車椅子の音は煩く響いていないかしら...
恥ずかしながら見ての通り手が震えているのはパーキンソン病のせいなの。
持っているものを床に落としてしまうから音が響いて迷惑がかかっていなければいいんだけど.....以前は1Fで暮らしていたんだけど段差が大変でエレベーターがあるほうが便利だとわかりここへ引っ越してきたの。1Fの時は隣の人から壁を通じて床音が響いていたみたいで怒られたりして迷惑をかけちゃったの....」
文句を言いに行った女性は驚きを隠しながらも咄嗟に出た言葉。
「全然!!私は大丈夫よ!何か手伝いが必要な時は時間関係なくいつでも言ってください」と言ってその場を去ったらしい。
家へ帰ってきて.......大号泣。
自分の心がいかにクソで視野も心も狭かったか、他人に対して想像や思いやりの無い人間だったかを世界中の人達に知ってもらいたくてこの動画を撮ってるの。
そう大号泣しながら話している動画でした。
私は感動して観て号泣。何て彼女の心は美しいのだろう。
大号泣して自分に腹を立てているその自然体の姿が美しく眩しかった。
こういう他者に対しての想像って凄く大事だと思う。
他者を詮索してるみたい?と思わず、ほんの少し想像をしてみるという意味で。
例えば子供がギャン泣きしていたり体に傷やアザがあると少しだけ想像する。
家の中にいても外から子供ちゃん(時々は犬ちゃんも)の長い泣き声が聞こえると
外出もできない今の私がカーテンを開けてベランダへ出ようかと思う事が時々ある。
外出が出来ていた頃は迷わず
警察を呼んで見に行ってもらった事が何度かあった。
実際に体に怪我をしてる子供を非難させて下さった事があったり。
おせっかいでも、大袈裟でも通報して良かったと思った。あの子は今どうしてるかな?ふと思い出すことがある。
他人や他者の家庭内に関心を持たず無関心でいることが自己防衛になる時もある。
東京に来てからそれを何度も何度も実感した。
私はおそらくDNAが関西だからか?(いや、それは偏見)
おせっかいなのかも?
外出ができなくなった今の私でも電話で済むなら
結果として「何ともなかった」で済む誰かの安全と安心を選ぶ。
私が暮らしているのは単身者マンションなんだけど中には明らかに同棲してる?
カップルがいたりする。本音を言えば実はそれを悪いとは思っていない。
楽しそうな声は煩くてもいいけど、
何年か前に女の子の悲鳴を聞いて慌てて通報した時に
警察が男性を連れて行ったんだよね.....
その後どうなったかはわからない。
(私自身が殴られ蹴られた数年間があったから男性の力には絶対に勝てないとわかるから無視できない思考になってしまったんだと思う)
でも「あの場が事件現場になる前で良かった。」
おまわりさんがそう言って下さった時に心からホッとした。
目の前で実際に他者に手を貸す瞬間が一番だけど
動画で泣いていた女性を見て私も改めてちょっとした「想像力」を持ち続けよう。
そう思ったので書くことにしました。
今朝も早起きし過ぎました。
1日中家の中でジッとして体力を使ってるわけじゃないから睡眠時間が少ないのは
大問題じゃない。そう考えるようになっています。